チェコスロバキアの国旗

今回は、チェコスロバキアについて調べて知ったことを紹介します。

 チェコは10世紀に中央ヨーロッパ最大の国家だった。その国名は「ボヘミア地方に最初に住み着いた「最初の人」という意味だそうです。その後、1918年にスロバキアと統合してチェコスロバキアという国になっている。

 1968年にスロバキア出身のアレクサンドル・ドゥプチェクはチェコスロバキア共産党第一書記という身分ながら「人間の顔をした社会主義」をスローガンに掲げ共産党指導体制を維持するものの自由を尊重した社会主義を目指したが、これが、スターリン批判になってしまい、ソ連、ポーランド、東ドイツ、ハンガリーからなるワルシャワ条約機構軍によってチェコスロバキアは全土を占領されドゥプチェクは拘束されてしまった。これが歴史的に有名なプラハの春となる。夢はわずか8カ月で終わてしまうことになった。

 以後、ソ連の軍事介入が続いたが20年後の1989年に共産党体制が崩壊し、東西冷戦終結で民主化されると1993年に両国が戦争をしたわけでもないが、それぞれの民族の違いもあって分離独立している。チェコはチェコ人が94%、スロバキアはスロバキア人が86%、ともに母国語を言語としている。

 ポーランドの南、ドイツの南東に位置するチェコとスロバキア。 もともと別の国だったがくっついたり離れたり、ややこしい時代の移り変わりがある。

 高齢の方でヨーロッパの遠い国として、あまり関心のない人は、いまでもチェコスロバキアという1つの国だと覚えているかもしれない。逆に若い人は、昔は一つの国だったことを知らないでいる人もいるかもしれない。

 さて、肝心の国旗のことですが、チェコはもともとこの国旗を使っていて白青赤のスラブ民族の色。

 これは、偶然ですが社会主義国陣営の時代のソ連国旗と同じスラブ三原色を使っている説もあります。首都も変更なくプラハとなっています。

 青が三角形なのはカルパチア山脈を象徴している。この山脈はスロベニア側にあるが、チェコスロバキア時代の国旗をつかっているので、そうなっている。白は清潔 赤は流血 ともいわれる。

 一方スロバキアですが、この国旗もスラブの三原色 ロシアの国旗と似ています。

 

 白はモラビア民族 赤はボヘミア民族 青は自国の紋章となっている 紋章はキリスト教を表すダブルクロスと3つの半円はポーランドとの国境にあるタトラ山脈です。

 国旗を覚えるのに歴史や山脈とか地理も同時に勉強することになり、いいことなんだが、面倒な人にはここでいいアイデアがあります。

 邪道ですが、日本人的な国旗の覚え方をいうと、ダブル十字がカタカナのキに見みえます。そこで、キがついたロシアに似た国旗、チェコにも似ている国旗としてスロバキアと。そう覚えればいいです。まずはしっかりと国旗を覚えて、あとで、国旗本来の由来を確認するのもありです。

 そういうことで、今回はこれで、おわりにします。

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